07年1月の『悪魔探偵』公開から『悪魔探偵2』誕生までは、どんな流れがあったのか。“悪魔探偵シリーズ”は、もともと3部作の構成で、3つのプロットが用意された。「2本目はジャパニーズ・ホラーのような女子高生の話。3本目は夜が怖かった自分の子どものころの話で、京一のトラウマに迫って終わろうと考えていました。この二つのアイデアを一本化したのです」。さらに5歳になる監督自身の息子が「夜が怖い」と言い始めたことと、実生活で老いて弱っていく母親を前に強い情が沸いたこと、それらが物語への感情移入を高めた。では今後、シリーズはどこへ向かうのだろう。「パート2で悪夢探偵の成り立ちまでを描きましたから、これ以降はどんな世界へ行くのも自由。“ヘンテコ悪夢探偵”“悪夢探偵 番外編”“少年向け 悪夢探偵”それこそ夢の世界のような、実験的な悪夢探偵も可能かもしれません(笑)」。
異様に怖い女、菊川というキャラクターはいかに生まれたのか。「たとえば『シャイニング』などの映画で怖がらせる側のジャック・ニコルソンより、それを怖がる女の顔の方が怖い(笑)。『メトロポリス』などもそう。無声映画ですから演技はオーバーで、怪物に追いかけられた女が目をむいて怖がったりする。そういうのを見ると、怖がる女は怖いなと」。そうして異様に怖がる女、菊川が生まれる。「ジャパニーズ・ホラーの典型的なものをつくろうとしたとき、どうしても怖い表現ができる気がしなくて。ただ一点、そこに異常に怖がる女の子がいたら?と考え出すと、情緒が不安定になるくらい怖くなった」。こうして、物語は転がり始めた。
ジャパニーズ・ホラーに描かれるような日常の恐怖と、日本の典型的なお化けが怖かった幼少時代の記憶への回想。それが『悪夢探偵2』で描かれる恐怖の正体だった。その前者、日常的な恐怖とは?「例えば夜中に鏡をじーっと見ると、そこに映っているのが自分そっくりの他人かもしれないという考えがよぎる。それで目を反らすと“反らしてやんの。怖がってるよ〜”と考える自分が怖くて余計にじっと見入ってしまい、“何でこんなに見てんの!?”という思いが湧き上がってまた怖くなる。そんな感覚」。そうした恐怖を感じたときに神経は過敏になり、「まるで鳥目になったように」明るさを感じる感覚が一段階落ちるという。「日常の些細な恐怖を描きながら、おもちゃ箱のように面白い映像を入れていきました。それで“自分はどうしてそういうことが怖いんだろう?”と考えた。そんな恐怖を、お客さんにも味わってもらえたらいいなと思って」。
映画の始まりとなった要因のひとつが「夜が怖かった子ども時代を見つめたい」という思いなら、ここで登場する悪夢も監督自身のものだろうか。まずは白装束で髪の長い女の幽霊について。「夢で見ていたのはちょうどああいう日本でもっとも典型的な幽霊でした。日本人の恐怖心をもっともくすぐる王道のような幽霊ですね」。また、遠足をする子どもたちの幽霊については、「ちょっと思いついちゃったもので、あれは僕の夢ではありません。自分たちが死んだことに気づかずに、ずっと遠足をしている子どもたちって、考えると可哀想で(笑)」。そして物語のキーとなる、体育館内に設置されたトイレの悪夢について。「あれは奥さんが見た夢なんです。体育館のトイレがあって、隣のトイレの様子が筒抜けで、なんとなくそこに怖い人がいるのがわかる。その人が自分にパッと水をかけるという夢でした。それを聞いて、致命的に怖いなと(笑)。実際に人が見たものだけに、ただデタラメな設定で夢っぽく作った夢より、本物の夢らしいですよね」。
“悪夢探偵”こと影沼京一を演じたのは、前作に続いて松田龍平。「前作で初めてご一緒したので、最初はお互いに探り合いのようなところがありました。完成した映画を見て、龍平さんは作品を気に入ってくださったようです。今回のパート2は大変の乗り気で、強い意気込みを感じました。もともと、とてもナチュラルな演技をされますが、今回はより強く何かを表現しようという意志をハッキリ感じました」。クライマックスには、感極まった京一が涙を流すシーンも。「テストをすると、すでに感情が込み上げているようでした。そこでタイミングを外すともったいないので、すぐにテストを止め、カットを割らずに感情の流れをそのまま演じてもらえるように準備しました。そのまま本番へ。あれは一発撮りでした」。
パート1→パート2へ。悪夢探偵というキャラも変化した。「今回の悪夢探偵の衣装は、マントじゃなく雨合羽にしました(笑)。パート1を小説にしたとき“マント”と書くと、リアルでない気がして。映画はマントでよかったんですが、文字で書いた瞬間ふにゃふにゃふにゃっと興ざめしたんです。それで“近くの○×ショップで買った安物の雨合羽を着て…”と書くと、ピッタリとハマった。でも、ヘニャヘニャでペラペラの雨合羽のほうが龍平さんの“裸感”が出ると思いました。マントの時は、江戸川乱歩の世界のようなニュアンスが出ると思ったんですね。僕にとって探偵といえば乱歩なので」。
塚本作品では毎回、インパクトあるヴィジュアルに注目が集まる。シリーズ1作目の前作は「ブルーフィルターをかけたディテクティブもの、都市型スリラーと、ゾンビ・ホラーが混ざったような映像表現で、色彩はモノクロに近いカラーを目指しました」。では今回のコンセプトは?「雪絵の学校のシーンはジャパニーズ・ホラーのように、ごく日常的な映像にしました。なかでも体育館の悪夢のシーンは白っぽくして。暗いところではなく、明るいところで菊川に水をかけられたら終わりというのもいいかなと。それで京一の子ども時代の回想シーンは懐かしいような怖いような映像。いつもの自分の映画の感じというか、自分のコブシを効かせました(笑)」。
『悪夢探偵』の特撮は一筋縄ではいかない。前作では顔の中心に向かって「肛門のように」皮膚がめり込む特撮で、人の心の奥底に潜む悪意が見えてしまう人間の恐怖をヴィジュアル化することに成功した。今回そうした独特の特撮はさらに進化。人々が表面に出さない悪意を、顔をパッカリと裂く深い闇によって表現した。「一つ一つ自分で絵を描き“顔に穴の開いている怖い映像をつくってください”とリクエストしました」。
雑誌の表紙やテレビに映るリポーターの瞳が片方だけ大きく歪む映像も奇妙な恐怖を呼ぶ。「いかにも怖いのではなく、なるべく日常的な恐怖にしたかったんです。情緒が不安定だからそう見えるだけ、みたいな」。確かにリポーターの歪んだ片目が画面に映るのは、見間違い!?と思うほど一瞬。だからこそ、そう見えたのは自分の側に問題があるようでひやりとする。そして特撮での最大の見せ場は、雪絵の悪夢の中に入り込む京一の映像。京一は雪絵の体を破ってその夢の世界に入り込む。すると雪絵の人形は抜け殻のようにフニャっとつぶれて床に落ちる。「フニャっという雪絵の人型をつくり、その人型の顔と正確に角度を合わせて雪絵の顔をCGでつけました。出てきたな〜って感じですよね(笑)」。
京一はなぜ悪夢探偵となったのか。その謎には亡き母との関係が暗い影を落とす。「この設定は若いときにパッと決めちゃったんです。母親が自分を殺そうとしたらいちばん嫌だろうなと。ただ僕自身の母はごく普通の人ですから、ああいう母親をリアルに描けないかもしれない。ところが今回発見したのは、全く異なる母親像を描く過程でいろんな思いが溢れてきて自分の感情が物語に乗り、感情移入できるってこと。暫定的なテーマでもそれについての作品をつくれば、そのとき自分にとって大事なものが如実に入ってしまうものだとわかりましたね」。